アート
アート展に行ってきました。まさにそのテーマが私が表現したいこととドンピシャで一致。なんだか見入ってしまいました。占い師さんにそういう絵を描くといいわと言われたのを思い出しました。笑
そんなスピリチュアル大好きだった私の視野、その時は見事に見事に視野が狭かったんです実は。
【私の脱スピリチュアル時代】全ての依存心を捨て自分を生きる道がやっと始まる。
なぜそれが今こうやって言えるのかというとおそらくずっと語ることができますが、もうね「うまくいかない」ことについて「自分」で何も考えなかったんです当時ね。自分で考えたけどわからなかったんじゃないんです(私の場合はね)
そうそれで、当時言われたそのワード、もちろんその時は「これだ!」絶対これだ!と思ったんですねー。いいでしょー単純でしょー自分の人生、初めて会った占い師に「丸投げ」ですよ。人生を丸投げ。
占いや講座なども、私のような心理で行くと、絶対にいろんなとこに「たらい回し」「ジプシー」します。これは断言ができます。私は経験者なので笑。今は行きませんよーもし行っても「あなたに何がわかるのよ」って喧嘩してしまうかも知れません♪
【私の脱スピリチュアル時代】全ての依存心を捨て自分を生きる道がやっと始まる。
要は面倒なだけ。
なぜそれが今こうやって言えるのかというとおそらくずっと語ることができますが、もうね「うまくいかない」ことについて「自分」で何も考えなかったんです当時ね。自分で考えたけどわからなかったんじゃないんです(私の場合はね)
全てえ今まで辞めて捨ててきたことって全部そうで。一言で言ってしまえば「自分で考えるのがめんどくさかったの」です。はい、それが過去の私でありました。
そうそれで、当時言われたそのワード、もちろんその時は「これだ!」絶対これだ!と思ったんですねー。いいでしょー単純でしょー自分の人生、初めて会った占い師に「丸投げ」ですよ。人生を丸投げ。
ジプシーのトリック
占いや講座なども、私のような心理で行くと、絶対にいろんなとこに「たらい回し」「ジプシー」します。これは断言ができます。私は経験者なので笑。今は行きませんよーもし行っても「あなたに何がわかるのよ」って喧嘩してしまうかも知れません♪
けどね、言いたいことをいう、やりたいことを自分でやる!たとえ、正しそうな意見を言われても、自分が違う!って思ったらそれは間違いなく、「違う」んですよ。そこを主張するのは絶対に大事だと私は思います。
例えばわかりやすく今だと、コロナ一つとっても人間の捉え方が大きくまるで別のもののように違うではないですか。
けどそれも無理がない心理なのです。解説しましょう。人間というのは何だかわからないことについて非常に恐れるんですよ。それがわからないから。テレビでは感染者の数をいうのに、回復者/検査数については言われていません。それで「わからない」からそれだけで恐れて家から出ないのは「何も知らない」と同じことになります。
そのために捨てるべき視点は「自分だけが良ければいい」という視野の狭さです。我々人間たちは遥か昔からウイルスと暮らしてきました。ウイルスがあるから、今の私たちがいることを、忘れてはなりません。今日もご覧頂きましてありがとうございました。
視野を広めるも狭めるも
例えば、何かあったとしましょう。事業に失敗したとか、学校でなんかあったとか、最愛の人にこっぴどく振られてしまったと。そういう時というのは視野がおそらく狭くなりやすいのではないでしょうか?
以前の私もそうでした。自分にとっての適職って何だろう。自分ってどういう存在で、世に何ができるのだろう。小難しく考え出した結果、自分の軸はなくなり、自分から発信するのではなく、誰かの何かを追い求め追求。断捨離もそうですね。誰かの考えたことですよね。(断捨離やめました)
そうそれらを追求していれば、私は何かを考えなくてもすんでいたのです。そう他力本願でいるうちというのは、ブレるので、モヤモヤしやすく、うまく行かないことがあればすぐに自分に賛同してくれるだろう人に依存します。
まだ誰かに頼れるうちはましなのでしょう。誰にも自分の本当の気持ち(本音)を伝えられない、嫌われるのが怖いとなった時、人は視野が狭まります。これは致し方のないことです。もちろん自分の視野を狭めているのは誰でもありません「自分」なのです。
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物事の捉え方一つ。
だけど、物事の捉え方を一つ変えたとしましょう。運のいい人はどんなことでも、いろんな面があるということを知っています。運の悪い人など存在しないのです。例えばすごい斬新な芸術をうみだすアーティストはよく映画でも「変人」として描かれることが多いでしょう。その人にとっての生涯はどんなものかはわかりませんが、この世の中には様々なことがあり、起こり、存在すると思いませんか?
例えばわかりやすく今だと、コロナ一つとっても人間の捉え方が大きくまるで別のもののように違うではないですか。
コロナは大したことないとテレビで放送されているにもかかわらず未だに、マスクをしていない人でもいようものならこそこそぼやいたり「こんな人がいたのよ!」と怒り出す。けどその怒り、もっといい方に向ければいいのにね!怒りは大きなエネルギーとなるのに。人のこととやかく言ってる時間って私は無駄だと思うんです。
けどそれも無理がない心理なのです。解説しましょう。人間というのは何だかわからないことについて非常に恐れるんですよ。それがわからないから。テレビでは感染者の数をいうのに、回復者/検査数については言われていません。それで「わからない」からそれだけで恐れて家から出ないのは「何も知らない」と同じことになります。
私たちは操り人形ではありません。私たちはみんなアーティスト。自分がどこを見るのか。ということなのです。
そのために捨てるべき視点は「自分だけが良ければいい」という視野の狭さです。我々人間たちは遥か昔からウイルスと暮らしてきました。ウイルスがあるから、今の私たちがいることを、忘れてはなりません。今日もご覧頂きましてありがとうございました。