もともと、天然のもの、自然のエネルギーが大好きなので、そこに猫が加わると、もう〜さらに最高の私にとってのパワースポットとなる訳なのです。
なんでも、自然の中をボ〜っと見ていると答えって見つかることが多いのですが、片付けもそうだと思うのです。
ヒントはたっくさんある。
何でも密集してると、うまくいかない
人って焦ったり、怖れると、変に詰め込むでしょう?例えばスケジュールもそうだし、部屋の中も、自信があるときほど”アイテム”や心も身軽で、リラックスしている状態。そういう時に出せるパフォーマンスはもちろん、良かったりする。
何かに余裕があるときは、必要以上にものを引き詰めないし、感情も手を離してる「手放せてる」そんな状態。
植物をさ一つ一つ観察していると、植物と会話が心の中でできるようになるのだけど(誰でもできますよ)そこには、ああ、これって何にでも言えることだよなってことが多い。
そこに意識がいって何かを変えようとか、変えねばみたいなことに必要以上に力が入ると、もう執着でしかなくなって物事はなぜかそこで停滞するんだよねって話。
だって、既にある、実現してる「現実」だったら誰も力一杯握り締めないでしょう?
スポンサーリンク
委ねることは、少しだけ「降参」すること
あ〜もうどうにでもしちゃって〜どうせ、そうなる、叶うんだから〜これで大体のことは乗り越えられる。宇宙に委ねてしまう。もう降参します!だってできることはやったし、あとは他力に任せよう。そう思うことができたなら、それは間違いなく叶うサインです。
多くの実現してない道中にいる人はぎゅっと、大事に「叶わない」何かを、そのままの形で、固く固体化させて握り締めている。
それは叶いっこないのは俯瞰すればわかることなのではないだろうか。
ねこちゃんはちゅ〜るちゅ〜るってずっと言っている?
いっている猫ちゃんもいるかもわかんないけど
多分委ね上手なんだと思う、動物や赤ちゃんは「愛されて当然」「与えられて当然」その意識をピュアに持っているから。ただそれだけ
宇宙は捻くれ者に興味がない
単純に、少しうぬぼれくらいに「自分大好き〜」「みんなも大好き〜」「感謝〜」「恵まれてる〜」「豊か〜」って言いながら歩いている人、宇宙は大好きなんですよね。笑自分が宇宙の創造主だったらどんな波動が好きだろう?
むしろ、捻くれ者のひねくれた願望など、興味あるかね?
ないよね?笑
答えは簡単。
捻くれていれば...『ひねくれる現実のエンドレスループ』をプレゼント
愛されてる意識でいれば...『愛され続ける現実のエンドレスループ』をプレゼント
もれなく、全員に。
実に、実にシンプルな宇宙。
高波動はいたってシンプルなやまびこ。
低波動はいたって複雑なやまびこ。
スポンサーリンク
考えて複雑にしているのは自分でしかない
最初の始まりは、小さな問題であっても、それに自分なりの「思い込み」と、劣等感などで、物事は壮大に、ずれ込むこともある。それはなぜか、どんどん複雑に絡み合って行く、毛糸の毛玉のように。
でも紛れも無い事実は、物の見方を少し変えたり、行動を起こして見たり、人の意見を聞き入れて見たり、一旦そこから離れて見たりすると
物事はすんなり解決したり、不思議な流れや、助けが入ることも多くあるのだ。
自分を責める必要はない。なぜならこれまた宇宙は、自己卑下をめちゃめちゃ嫌うからだ。
「その時はそれで良かったんじゃ〜ん」
くらいの、適当さが必要なのだ。
過去を引きずったり、わざわざ引き出しから古びたものを出してこなくでもいい
なぜなら、過去も、未来も、ないのだから
まとめ
大切なものは、離れて見てからいずくことが多くあるのだ。その時にはわからなかった、当たり前すぎた。一見すると試練のようなこと、辛い流れがきたら、なぜそれがきたか深く考えなくていい
そこを軸にして、自分はどうして行くのがいいのかを考え、塊になりそうなその「現実」や「問題」や「ショックなこと」を自分の中でこれでもかというくらい粉々にして
作り変えることができる。
思いもよらない出来事との復縁や、新しい展開がきたり
形を変えてやってくることもあるだろう。
波に逆らう固形物になってしまうとただただ辛い、悲しい、うじうじ虫になるけど、その現実の上に自分がたち、粉々にする(イメージの中で)くらい自分を大きな存在にすることは可能だ。